圧倒的マイノリティ感に苦しむ一人アウトドア。でも気にしない。

緑の木々と木漏れ日

圧倒的マイノリティ感に苦しむ一人アウトドア

文化という頭脳を持った人間という動物にとって、趣味や興味は幸福感に直結しています。

「趣味は大切」。

たとえ一人でも「多数派のルールで自分が夢を諦めたりしないで」。

…というお話。

例えば「一人旅」、例えば「一人登山」、例えば「一人キャンプ」。

上記に限らずなんでもそう。一人ツーリング、一人サーフィン、一人カラオケ、一人ユーチューブ鑑賞。

多数派…というより、仲間や家族がいる人はあたかも当然のように「誰かとどこかで何かをする」日常なのだけど、世の中の趣味って試合系スポーツでもない限り『一人でできる行動』なんですね。

大勢を巻き込む扇動をするのは、流行や憧れやメリットを並べて消費人口を増やす業界側の増益のための戦略。

それさえも理解していない人々が、とりあえず群れ、業界側のマニュアルガイドに目を通し、責任丸投げでいいとこどりをして「幸せなワタシ」のイメージを絶対的なものにしがちなのですが、そんな人々もいずれ環境が変わった時に「幸せだったワタシ」に苦しんだりします。

「好きなコト、一緒にする人がいないから我慢してやらない。」

いやいや、ゼッタイ一人でじゃんじゃんやった方がいいです!!!

実際は結構いる「趣味の一人遊び」人

自分(のこのこ)はお酒が身体に合わない体質者なんですね。

クルマに興味がないので昔からスクーター(高速にも乗れない125ccバイク)です。

都会暮らしのため、山にも無縁。

でも、ある日、吹っ切れて一人で山歩きの装備を整えて7~8時間バイクに乗って山のある地域へ行ってみました。

結構いましたよ、一人登山の人々。

高齢の年金生活者ばかりではなく、30代前後のおにーさん、か弱いお姫様タイムの終わったアラフォーの女性(一人登山)も素敵な笑顔で森歩き。

自分は自分で一眼レフを片手にご縁の無かった緑の世界を撮り歩き。

「理解者はいない」
「こんなのやっても意味がない」
「誰かと知り合いたい」(酒の場に行かない下戸には叶わない)
「クルマじゃないから恥ずかしい」

いろいろマイノリティな自分が、多数派の常識を吹っ切って辿り着いた世界は、何もかもが『自分が見たかった世界』でした。

「自分が見たかった世界」にお友達がいるかどうかって関係ないですよね。

山の場合、街の繁華街や飲み屋と違い、心の腐った人って基本的にいないんです。

家族登山者・グループ登山者・カップル登山者も多いけれど、時々出会える一人登山者。

理解者、いた。
素敵な場所を歩けた。
話をする機会も全然許される。
酒も不要でクルマがどうこう関係無し!

趣味さえもどん底だった心理状態が大逆転。

それから広がる新しいこと・次の趣味&興味

「ひとりぼっち」というマイノリティをぶっちぎった時、別の道が切り開かれました。

小さなバイクでも行けるんだ?

次はどこ行こう!?

百名山ってなんだ?

装備は?靴は?寝られる場所は?

死んだ魚のような目に力強い自由な発想の光。

自利益側に誘導する人を信じて後悔しないように

あの時、吹っ切れなかったら「お酒が飲めるように努力」していたかも。

それって、お酒好きな人々(多数派)にしかメリットが無い価値観。

自分の場合はお酒。

日本の場合、お酒の場は上下関係の再確認と酒池肉林の道具。

年末年始も何かの歓迎会も旅行先の宿でも結婚式からお葬式まで「お酒」の世界。

タバコが駆逐されていくのと同じように、あらゆる原因の主因であるアルコールを違法薬物にするだけであらゆる不幸が未来永劫消えるのだけど、「ありえない」と議題に上がることもなく。

威風堂々、少数派。

話が少し逸れました。

世界的にも日本的にも下戸の人の方が少ないのですが、「お酒」が一番身近でわかりやすい少数派の例えだと思います。

さて、一人旅や一人行動で悩んでいた人はいませんか?

行っておいで。

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